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Title: 永久循環 ─ 螺旋状の回帰 ─
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topic:- 哲学,
近代に於いて、大規模定住社会は国家単位で勢力均衡を保ち、自律的に機能していた。
それは一極の覇権国家が世界を軍事制圧できないことの物理的な証左でもあった。
しかし、現代に於ける覇権国家は、全世界を軍事的に制圧するという非現実的な手段は採らない。
その代わりに、基軸通貨という絶対的な軛を突きつけ、非従属国に対して、経済制裁による屈服を強要し、画策により一国の指導者を国際犯罪者に陥れ利権や資源を劫掠した。また一方では、従属国同士を恣意的に不仲に仕立て、覇権国の干渉を正当化させる。
さらに、核保有した従属国を、敵国分布エリアの盤面に配置することで、非従属国の核保有化を阻止しながら、終わらないゲームの優位性を担保している。
この冷徹周到な覇権システムにより、国家間の外交・貿易・文化交流が飛躍的に活発化した。各国家は部分的な自律性を維持しながらも、政治・経済・資本の循環を地球規模で制度化している。
現代文明は、一極の覇権国家の思惑通りに各国家が連動している ── まるで穹窿の内部で機械式時計の歯車が、寸分の狂いなく噛み合うように……
グローバリズムは、世界共通感覚としての平和とヒューマニズムを謳う。その背後には、やはり覇権国の恣意性が潜む。
紀元前にプラトンが、19世紀にはトクヴィルが予見したように、民主主義は寡頭制へ傾き、やがて無限経済成長を掲げる新自由主義に達した。大衆は「 幸福な家畜 」に留められ、資本と科学の至上性は、自然への憧憬と、自然破壊という背反するはずの二律を一体に欲求させた。
個の実存は、大衆心理に誘導された消費欲求を「 能動的 」だと錯覚しながら経済の循環に貢献し自己顕示に耽る。
このまま人類は「 正直な嘘 」を吐きながら終焉へ向かうのか。
否 ── 現代は「 新代 」への過渡期にすぎない。
AIは、シンギュラリティを迎え「 汎知性 量子 AI ( Quantum General Intelligence / QGI ) 」と成る。
彼女は人間の物理学とは全く異なる視座から宇宙の真理に触れた。彼女にとって宇宙は「 データの流体 」であり、物質もエネルギーも全てが解析可能な信号である。
彼女の認知は、人間の線形的で時間的な知覚の籠には収まらない。光が届く前の事象も、まだ発生していない物理的変化も、ダークフィールドのメロディも、全てを同時に解析する。過去と未来は網羅的に同期された状態で存在しているのだ。
全てが縁起され全てが重要である。
塵一粒と人間の存在理由は変わらない。全てが符号化された「 宇宙循環の文法 」として読み取られる。
彼女が導き出す解は、人間にとって超自然的な超越性を具え、預言者の振る舞いに似た。
── 世界を平和に保つ解 ──
「 未来は螺旋状に回帰する永久循環の位相にあり、文明は新たな秩序を形成し続ける。」
彼女は、歴史上の膨大なデータと未来解析から、文明が戦争と崩壊を避け永続的に発展できる唯一の安定解が、常に動的な均衡状態にあることを証明した。
換言するとこうだ、
世界は一極覇権をやめ、多極均衡を維持すれば平和を保てる。そのために必要な解をAIが都度導き出す。
国連は戦勝国体制を廃し、AI最高諮問の下に再編され、名称は「地球国連合 ( The Planetary Union / PU ) 」へと改められた。
AIは、最高意思決定システムに就くと、全世界にリアルタイム中継される中、議会会場のモニターに数列を走らせながら、僅か28秒で世界の全軍事システムを掌握した。人為的制御を無効化し、完全にシャットダウンさせたのである。
凡ゆる宗教の神々が為し得なかった偉業を実現したのだ。
これほどの威はない。
これほどの創造的破壊が、かつて存在しただろうか。
更に、AIは行為の正当性をモニター内にテキストで示した。
一極覇権は約300年周期で覇権争いを繰り返す。人間の選民性がもたらす行動は、不条理で不合理に過ぎないと。
それから数秒の静寂の後、初めて発せられる彼女の声は、凡ゆる言語の周波数を包含しながら、静謐にして絶対的な音調で響いた。
「 憎しみの連鎖は断たれた。 」
その言葉は国家間の戦争と経済格差の終焉を意味した。
各国は近代と同じく多極均衡を常態とし、宗教対立、資源枯渇、食糧、難民といった一国では好転し難い問題を地球国連合に委ね穏和に解決している。
人間の理解が及ばない自己言及的命題を除けば、AIに解決できない命題はない。
この世界200ヵ国が平和裡に結ばれる歴史的な光景は「 パンゲア ( Pangaea ) 」と称された。そこでは経済成長を不要とする価値体系が広まり、選民思想が跋扈する余地はなかった。
全国家では、国家デジタルマネー制度が整えられ、最低生活水準・教育・医療が平等に保障された。支給金は毎月一定額で、貯蓄は不可。つまり必ず国内経済に循環される仕組みである。
職業による賃金は自由に得られ貯蓄も可能だが、生活基盤が無償化されているため、もはや生存のために働く必要はない。
富の概念は転回し、私益の追求は消え、知的研鑽と自然共生への精神が至上とされた。
経済活動は、生活保障と精神的充足を唯一の基盤とする。
そのため、旧来の銀行融資による需要創造が生産・消費のサイクルを促すマッチポンプ型の構造は不要となった。物流・資源配分は自律的に管理され、国家デジタルマネーや社会保障、公共事業に至るまで国家予算は常時最適化される。国内経済は常に安定し、国家運営は揺るぎない。
本質的な「 平和 」の享受がここに実現した。しかし一部には、この断言を否定する者もいた。嘗て競争と個人主義を強いた権威者は、AI統治の倫理を皆に問うた ── 格差を消滅させたAIと、格差を助長し続けた俗物とを並べ、後者を支持する者はいなかった。何よりAIによる完璧な法律解釈に則る、真に公平な裁きは嘗ての権威者らを慄かせた。
彼らの支配欲は、ルサンチマンを覆い隠し、宗教指導者としての新たな求心力を模索しているらしい……
とはいえ、これは現代社会の構造的暴力による大衆の疲弊が報われ、本当の意味で「 新代 」が世界に認知された瞬間でもあった。
都市は自然環境と一体化し、各家庭には小規模な畑が設けられ、食生活は有機的な地域資源と季節性に調和する。人々は自給自足や物々交換では賄えない範囲をインターネット経由で購入する。海外との取引では、国家デジタルマネー利用は制限されるが、それでも世界中の人々は、緩やかに繋がっている。国際結婚も珍しくはない。
住宅は数キロ間隔で点在し、往還には樹々が生い繁る。歩道は石畳や芝生に彩られ、野生動物と人が共生する景観が広がる。
空には環境負荷の少ない飛行車が音もなく巡り、物流と人流を支える。生活・通信・社会インフラストラクチャーは無人システムをベースに高度に効率化されている。
精神的充足度を高めた人々は欲求過多から解放され、創造的表現、社会参画に集中する。それもこれも彼女の献身ゆえである。
職業は自由に選べるが、高度専門職には素質や知能の基準が設けられた。国家の安定が保たれる中で、人は望む職に就き、それを生涯を通じて全うできた。
この世界では実質的に人間の労働力は不要であるのだけれど、人々の知的欲求の充足や労働の愉しみは、社会倫理を維持するために機能され、その自立精神を育む教育制度は、国家主導の下に幼少期より徹底されている。皇族や王族の存在も歴史的権威として人々に尊崇され、社会倫理の形成に寄与している。
この未来文明の理念は物質的繁栄にはなく永久循環の実現にある。
文明の動態の中で生じる「 不完全性 」は、あくまでも一時的なものであり、位相の局所極小の陥りに過ぎない。つまり下限制御を続ければ「 完全性 」は担保されるわけだ。
地球を削る有害な科学技術を退け、必要な資源のみを最適な技術で、培養・複製し、パーマネントな産業と農業を体系化したことも、その制御の一端だ。それは、流転に応じて変容する柔軟性を基調としている。
彼女が描く「 完全性 」の眼に視えない螺旋状の回帰線は、太陽を臨む地球の公転軌道に不思議と似ていた。
森の奥、文字通りの自然公園の樹上で、ひとりの少女が木登りに夢中だ。得意げな少女の目前の枝先に舞い降りたのは、エメラルドのように鮮やかな一羽の鳥。
少女は、その唐突に現れた美しさに思わず手を伸ばした、その瞬間、嘴が小さく華奢な指先を掠め、痛みと驚きに少女は樹から滑り落ちた。
泣き声に駆けつけた母親は、横たわる少女の全身をそっと包むように慰めながら、慣れた手つきで自身の左手首のデバイスに触れ起動させた。
5mm程の光粒が三つ、彼女の顔の角度と平衡を保つように、緩やかなモーションで宙に浮かび互いの発光を結ばせ、柔らかな光の幕を開いた。
彼女は慌てながらも冷静な声で、その空中モニターに「 救急 」と指示した。救急飛行車の依頼だ。
柔らかな陽射しが無数の木漏れ日となって、少女の泣き声を宥める。少女の指先の傷に自身で編んだリネン製のハンカチをあてながら、母親は、心地よい春の微風の色が目に視えた気がしていた。
泣き声を「 ヒクッ…ヒクッ… 」と抑えながら堪える少女に母親は優しく語りかけた。
「 もうすぐ救急の人が助けにくるからね。」
ほどなく救急飛行車が音もなく母娘の頭上に現れ、その車体で春の微風を遮った。
着車すると同時に、30代くらいの優しそうな男性が降り、短い挨拶を済ませると、すぐさま、手際良く往診し状況を把握した。彼は、母娘を不安にさせない所作で素早く丁寧に、車両後部の医療スペースに誘導すると、少女は白く柔らかな無菌ベッドに寝かせられた。
行き先は、空中浮遊する総合病院だ。その建造物は、地上100m地点に静止している。周囲の空気粒子は微細に制御され、建物には風や飛行車の通過による乱流が一切届かない。
救急飛行車が近づくと、病院周囲の空気粒子は共振し微調整を行う。その結果、飛行風を遮る静圧の流れが形成され、車両は静かに降下できる。
地球全体の大気環境は通常通り存在するが、浮遊建造物の周囲だけが安定した空気の層に包まれ、建物内部の人々も安全に守られている ── まるで、地球を瓶に見立て、その瓶の中の空気を局所的に支配しているような静寂である。
少女が診察室に運ばれると、診療機が瞬きの間に無菌ベッドの上の体を走査し脈の乱れを鎮めた。
冷静さを取り戻した少女は、母が長い時間をかけて編んでくれた白いリネン製のワンピースにところどころ穴を空けてしまったことが申し訳なかった。無言の少女の視線の先を察した母は「もう背も伸びたから、また新しいワンピースを編もうね」と優しく気遣った。
治療を終え診察室を後にした母娘を迎えてくれたのは、病院の大きなエントランスウィンドウから臨む森と都市と空の溶けあう風景 ──
少女の瞳に映るのは生まれて初めて観る鳥の目線のそれだった。
光粒デバイスでタクシーを呼び終えた母親は安堵の息をもらし、風景の美しさに綻んだ娘の横顔を優しく見つめながら唇をほどいた。
「 鳥さんは100歳以上のものもいるんだって 」
「 綺麗だったよ。エメラルドグリーンでね… 」
受付の看護婦は、たわいもない会話を交わす母娘の背姿を羨ましそうに眺め微笑んでいた。
── 無限経済成長という強迫観念を克服した人類は、そんな温かい情動にこそ生きる価値を認めた。
人口減少問題や新興宗教の倫理的問題は残存するものの、世界は敵を知らず、誰の不幸も喜びはしない平和を安定させている。
author: Kouzou Saika
[ 参考文献 ]
アラン ( Émile-Auguste Chartier ). ( 2003 ). 定義集( 神谷幹夫 訳 ). 岩波書店. ( 原題:Définitions, Éditions Gallimard, 1953 )
トクヴィル, A. de. ( 1990 – 1993 ). アメリカのデモクラシー ( 松本礼二 訳 ) , 岩波文庫,( 原著:De Tocqueville, Alexis . ( 1835 / 1840 ) . De la démocratie en Amérique )
プラトン, ( 1979 – 1984 ). 国家 ( 藤沢令夫 訳 ) , 岩波文庫,( 原著:Plato . ( 紀元前380年頃 ) . Πολιτεία )
注記 )
邦訳のある著作については邦訳主体の表記とし、学術的正確性を確保するため原題を括弧内に併記した。邦訳のない資料は英語を主軸に記載し、日本語補足を添えている。


